私たちのHISTORY

松尾産業株式会社・社章

松尾産業の歴史は、1938年1月に初代社長 松尾明が塗料原料・非鉄金属の取扱販売を目的として、大阪市南区に松尾明商店を創業したことに始まりました。その後戦争によって一時休業を余儀なくされましたが、お客様と友情に支えられながら、社員1名とともに再出発を果たし、1949年7月21日には株式会社松尾商店として新たに発足する事となりました。

創業当時から塗料原料に関するエキスパートとして事業展開してきた私たちは、1954年、インターナショナル・アルミニウム株式会社(アルキャン・アジア・リミテッド)の西日本総代理店となり、輸入アルミニウムペーストの販売を担うこととなりました。

アルミニウムペーストは、今でこそ、我々の主力商品の一つですが、最初から販売が順風満帆であったわけではありません。思うように販売が進まず、大量の在庫を抱えるなど、多くの苦労を伴いました。しかしながら、根気強くお客様との対話を続け、販売努力を重ねたことで、ついにはその努力が実り、大手塗料メーカーの原料に採用されるに至りました。これに伴い、私たちは日本総代理店としての権利を獲得、販売先は日本全国の塗料メーカーへと拡大していきました。当社が初めて日本に紹介したこの新素材は、それ以来、塗料業界において一大潮流となるメタリック塗装に、欠くことのできない存在となっています。

アルミニウムペースト

1957年、東洋アルミニウム株式会社がアルキャン・アジア・リミテッドからの技術導入によりアルミニウムペーストの国産化を開始したことに伴い、松尾商店も東洋アルミニウム株式会社の代理店として、更なる拡販に努めることとなりました。全国に広がったお客様への対応の為、東京と名古屋へ営業所(現 東京支店・名古屋支店)を開設したのもこの頃の話です。

私たちは、このような販売経験を通して、用途開発などお客様のニーズに的確に根ざした提案型営業のスタンスと、技術、ノウハウ、鋭い時代解読能力を身につけ、現在の私たちの強みでもある販売力の基盤を築き、その後も様々な分野でビジネスを展開していくこととなります。

同1957年は、名古屋ゴム工業株式会社(現 豊田合成株式会社)でアセチコーティングパイプが開発され、松尾商店も代理店の一つとして販売を開始した年でもありました。同商品の総代理店であった岩井産業株式会社(現 双日株式会社)の撤退により、豊田合成株式会社の正規代理店となり、現在に至ります。

豊田合成株式会社との出会いをきっかけに、富士重工業株式会社との取引が開始し、スバル・ラビット(ラビットスクーター)の樹脂成形品納入という新たな展開をもたらしました。翌1958年には、富士重工業株式会社から初の自動車『スバル360セダン』がデビューし、私たちのビジネス領域は自動車分野へと拡大することとなります。

サプライヤー・オブ・ザ・イヤー賞

その後、自動車生産台数の増加とともに取引量も増大し、1968年には群馬県に太田出張所(現 太田支店)を開設、お客様に密着した営業を進めてまいりました。技術に精通したプロフェッショナル集団として自動車部品を取り扱い、数年毎のフルモデルチェンジの際に、コンセプトづくりや構想段階から参画してきた結果、私たちの開発に対する姿勢と品質へのこだわりは高く評価され、現在でもハンドル・エアバッグほか数多くの部品を同社に納入させて頂いております。(後の2001年には米国GM(ゼネラルモーターズ)社より、取引実績のある全世界のサプライヤーの中で品質・サービス・技術・価格において特に優れていると認められた企業に贈られる「2001年度サプライヤー・オブ・ザ・イヤー賞」を受賞するなど、当社の活動は自動車産業において高い評価を頂いております。)

 東京オリンピックが開催されることとなった1964年は、株式会社松尾商店設立から数えて15周年を迎える年となり、それを機に、現在の社名でもあります松尾産業株式会社へと社名を変更いたしました。

同年には、溶接、プレス、板金加工を目的とした旭東工業株式会社を設立し、モノづくりも分かる商社へと前進することとなりました。

1969年本社ビル

戦後、社員1名と共に再出発を果たして以降、日本の高度経済成長の流れに乗り、塗料業界・自動車業界の発展と共に、会社としての体を整え、事業の拡大に励んできたのがそれまでのいわゆる創業期でした。当時始まったビジネスは、現在も我々の主力事業の一つとして長年継続しております。

1969年には2代目となる松尾一郎が社長に就任。それまでの右肩上がりの高度成長から徐々に景気の陰りが見え始めた70年代において、我々は堅実経営から積極経営へと舵を切り、新しい業種や国際業務にもその幅を広げていきます。
日本中が大阪万博に沸いた1970年には、初の海外拠点となる台湾事務所を開設し、海外との輸出入業務の拡充を進めてまいりました。事務所開設を契機に、貿易部を創設し、製紙用薬品、食品、服飾品などの輸出入を幅広く取り扱いました。一方、国内では、昭和アルミニウム株式会社の代理店となりアルミ加工品を手掛け、また、株式会社住田光学ガラス製造所の代理店として光ファイバーの販売を行なうなど、次々と新しいことへとチャレンジし、商材の多角化を進めてまいりました。この新しいことへ挑戦する姿勢は、今でも変わらず私たちに受け継がれています。
多角化の中でも、1969年より日本総代理店として販売を開始したスイス・ゲマ社の静電粉体塗装機は、それまでの塗料業界での経験も相まって、70年代中頃には主力事業の一つとして成長を遂げていました。しかしながら、同社が1982年アメリカ・ランズバーグ社に買収された事により、同年10月を以って独占販売契約を解除する旨の通知が突然舞い込みました。塗装機械部門の存続をかけての交渉を経営陣総出で行った結果、何とか継続しての販売権は確保できましたが、同時に将来への危機感が募り、マツオブランドのオリジナル製品開発に着手します。これが、後の「SFC」(後述)の完成へと結実していくことになります。
80年代は、後に「バブル景気」と称され、株式や不動産への投資が過熱した時代でありましたが、我々は投機的行為を一切慎み、着実に将来に向けた研究開発投資を行ってまいりました。また、1984年には、大阪中小企業投資育成株式会社より投資を受け、資本金を1億500万円に増資し、社会により開かれた会社として新たな一歩を踏み出しました。(その後、2000年に現在の3億1000万円まで増資)

自社開発の定量供給装置付粉体塗装機「SFC」

90年代に入り急速に高まった技術革新の流れを受け、1991年には当社独自開発商品である定量供給装置付粉体塗装機「SFC」の販売を開始し、5年後の1996年には米国ビックスリーでの自動車の塗装ラインで採用されるまでとなりました。また、1994年にはラセル株式会社を設立し、レーザー機器の製造・販売を手掛け、続いて翌1995年には伊藤光学工業株式会社とコンソーシアムを組み、蒸着事業分野で新しい技術を社会に提供いたしました。
 このように、私たちMATSUOは長い歴史のなかで物の販売のみならず、製造という分野でも多くの経験を積んできました。過去のこの経験を通して、私たちはメーカーとしてのモノづくりと品質へのこだわりも理解する商社へと大きく成長しました。

90年代は、3代目となる(現)松尾俊彦社長のもと、社内の体制強化に注力し、人事制度改革や、外国人と若手の登用を積極的に進めてきた時代でもありました。

当時は外国人の幹部登用はおろか、採用ですら中々進んでいない時代ではありましたが、1970年の台湾進出の頃より、現地の人間と対等な関係作りを目指してきた我々は、「どこの国籍の者であってもパフォーマンスを出した者が評価されるべき」という風土が会社全体に根付いていた為、他社に先駆けてこれを進める事ができたと考えています。

90年代以降、旧ソ連の崩壊に端を発した市場経済化と民主化の進展により、ヒト・モノ・カネの国境を越えた移動が活発になり、情報技術の飛躍的な進歩も相まって、グローバリゼーシションが一気に加速致しました。

多くの日本企業においても、ビジネスフィールドが、国内におさまらなくなった時代でもありました。このようなグローバル化の流れの中、我々も1992年にシンガポール支店を開設し、アジア各地に進出した日系塗料メーカーへのアルミニウムペーストの販売を軸に、海外展開を進めていきました。

2011年 PT. MATSUO INDONESIA設立

21世紀に入ってからは、人口の過半数を占めるアジアが世界経済を牽引し始めると、我々も経営資源をアジアに集中させ、中国、タイ、インドネシアと次々に現地法人を設立。ネットワークの拡充と同時に、現地人材の登用を進めてきた結果、現在では、日系企業はもとより現地ローカル企業にも広く販路を拡大しています。また、取扱商品も当初のアルミニウムペーストのみならず、塗料原料全般、化学品、電子材料に至るまで幅広い領域に拡がっています。海外での組織運営に際しては、日本式経営管理手法の押しつけではなく、現地の人間との対話を通して対等な関係を築いていく社風は、今ではMATSUOメンバーが共有している理念の一つにもなっています。

私たちは創業以来、先見の明を持ち何事にも積極的にチャレンジし、学び、今日まで成長してまいりました。その結果として多くのパートナー企業様から信頼と期待をいただいております。

今後もその姿勢を受け継ぎ、国内外の幅広い分野のお客様に満足していただけるよう「技術を理解しアジアに強い商社」としての価値を高めてまいります。

松尾産業株式会社を今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。


今までも、そしてこれからもMATSUOはお客様と共に成長してまいります。